出掛けに雨がパラパラと降ってきた。
戻ってカッパ羽織ってGO!
人が少なく静かで気持ちの良い空間。
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抗がん功法の教室です - since 1997 -
ガンに負けない体、リラックスし穏やかに日々を送れる心。それを育むことを目標に明るく楽しく練功しています。
35年にわたり日本での郭林新気功 郭林気功の普及に努めてきた「郭林新気功協会」より講師をお招きして、懇切丁寧にご指導いただいております。
2020年6月18日木曜日
2020年6月17日水曜日
夢は叶う(ジャイ子)
13年ぶりに、テニスをしました。
ブログにも書いたことがありますが、13年前がん告知を受けた日、テニスルックでラケットを持っていました。
まさか、こんな元気なのに、癌のはずないと思ってて、成人病センターに午前中行って、昼からテニスに行く予定にしてました。
ところが、すぐに手術だと言われて、その後、心電図や肺活量の検査をしました。
普通なら、昼からのテニスはキャンセルでしょうが、何故か、行きました。たぶん、思考能力がなかったんだとおもいます。
それが、最後のテニスでした。そのあと、再発、転移を繰り返しました。
でも、ラケットは、捨てることが出来ず、還暦まで生きてテニスをすることを目標にしました。
そして、還暦テニスをすることができました。赤いちゃんちゃんこは着れなかったけど、京都教室でもらった、赤い靴下履きました。
夢は叶う!がん患者のみなさん、夢を叶えよう!
(みかげさんに約束したおぞましい写真、アップします)
ブログにも書いたことがありますが、13年前がん告知を受けた日、テニスルックでラケットを持っていました。
まさか、こんな元気なのに、癌のはずないと思ってて、成人病センターに午前中行って、昼からテニスに行く予定にしてました。
ところが、すぐに手術だと言われて、その後、心電図や肺活量の検査をしました。
普通なら、昼からのテニスはキャンセルでしょうが、何故か、行きました。たぶん、思考能力がなかったんだとおもいます。
それが、最後のテニスでした。そのあと、再発、転移を繰り返しました。
でも、ラケットは、捨てることが出来ず、還暦まで生きてテニスをすることを目標にしました。
そして、還暦テニスをすることができました。赤いちゃんちゃんこは着れなかったけど、京都教室でもらった、赤い靴下履きました。
夢は叶う!がん患者のみなさん、夢を叶えよう!
(みかげさんに約束したおぞましい写真、アップします)
2020年6月13日土曜日
雨に歩けば(ほのぼの)
朝から雨が降っていたけど、カッパを着て公園に行った。
誰もいないと思っていたら、グラウンドで、青年が二人、雨に濡れながら走っていた。
私も負けずと、自然功行をして歩いていると、雨のにおいがした。
地面に雨が落ちたにおい。
木に雨が染み込むにおい。
なんて良いにおいなの~
気持ち良い~
そう思いながら、シシフーと歩いた。
休息して、次の気功をする頃には、土砂降りになってきた。
カッパ も、雨が染むこんできて、首の後からポトポト雨が入ってきたけど、これだけずぶ濡れになったら、なんだか楽しくなってきた。
昔見た映画の主人公が、土砂降りの雨の中で、タップダンスをするシーンを思いだし、私はこの土砂降りの雨の中で、吐音功をする決心をした。
野外ステージの端に立ち、ハーと発すれば、五臓に響いた気がした。
雨音以外は何も聞こえず、身体を揺らしながら、こんなに気持ちよく出来るなんて、雨の中の吐音功は最高!
2020年6月12日金曜日
好きやな〜この字(へジャ)
電車の中で気持ちがしんどくなって、スマホ取り出しむかし溺愛してた飼い犬の写真を見ていた。
ついでにいろいろ見てたらまるこ様の文字が出てきて「はっ!」となった。
「なにしてるのよ〜タカキチャン、あっはっはっは」声まで聞こえてきた。
じーーーと見てるとこれがまたえー字なんですわ。
自然行功の基本の基本、適当に歩いてしまう時もあります。これ思い出して、しっかりと気分よくあるきたいですわ。
明るくて元気でやさしい、好きなタイプの字なんやなあこれが。決してごまスッとりませんので。
ついでにいろいろ見てたらまるこ様の文字が出てきて「はっ!」となった。
「なにしてるのよ〜タカキチャン、あっはっはっは」声まで聞こえてきた。
じーーーと見てるとこれがまたえー字なんですわ。
自然行功の基本の基本、適当に歩いてしまう時もあります。これ思い出して、しっかりと気分よくあるきたいですわ。
明るくて元気でやさしい、好きなタイプの字なんやなあこれが。決してごまスッとりませんので。
2020年6月10日水曜日
「戸隠と私」その2 (ヒデ)
投稿二回目、ようやく気功合宿の話になります。(内容は私の頼りない記憶で書いておりますので、ご了承ください。)
私は2005年にかなり大きい腎臓がんが見つかり、最初の2年間に三回開腹手術を受けましたが、山科の京都教室には2006年位から参加しています。
仕事もやりくりして初めて戸隠合宿に参加できたのは、2008年の確か5月頃でした。当時は登場したばかりの分子標的薬で治療しており、特に「手足症候群」の副作用で足裏が痛み、歩くのが大変な時期でした。
やはり関西から戸隠への道のりは遠く、特に名古屋からの特急は「振り子列車」というヤツで、揺れて大変でした。
長野から、さらにバスで戸隠を目指します。
宿(当時は、確かどちらかの学園のセミナーハウス貸切り)に着いた時は、本当に「思えば遠くへ来たもんだ」という感慨に打たれ、あの清涼な空気と野鳥のさえずりに、がん発病以来の生き返った気分でした。
ちなみに、宿の入口に小さな池があり、なかなか立派な水芭蕉がいくつか咲いています。「ここは尾瀬に似た気候なんや」とまた嬉しくなりました。
また宿では、希望者はお風呂貸切りの配慮もされていて、関係の方々と運営スタッフの皆様への感謝の想いが湧きました。
この時も確か50名以上の、いろんながんの患者さんが集まっておられます。東京と私ら京都は勿論、水戸、地元の長野、さらにはるばる倉敷教室からも参加されており、さながら「がん患者全国合宿」の雰囲気でまた感動です。 私は、萬田先生ご夫妻のオリエンテーションから参加し、初心に帰ることもできました。
夕方は「森林植物園」にマイクロバスで送っていただきましたが、途中いきなり雪化粧の戸隠連山が現れ、車内に感嘆の声が溢れました。
そして植物園での練功は、霧の湧く湿地にかかる木道を歩く忘れがたいコースでした。(近年は熊が出るようで、ここは使えません)
合宿の夜も忘れられませんが次回に譲ります。
私は治療の為に有休が取れずに、二日目の昼には早くも帰路につかざるをえません。
「鏡池」が絶景スポットと知り、「来年はレンタカーで必ず参加するぞ!」と誓い、また大阪への長い道をたどるのでした。
(次回に続く)
私は2005年にかなり大きい腎臓がんが見つかり、最初の2年間に三回開腹手術を受けましたが、山科の京都教室には2006年位から参加しています。
仕事もやりくりして初めて戸隠合宿に参加できたのは、2008年の確か5月頃でした。当時は登場したばかりの分子標的薬で治療しており、特に「手足症候群」の副作用で足裏が痛み、歩くのが大変な時期でした。
やはり関西から戸隠への道のりは遠く、特に名古屋からの特急は「振り子列車」というヤツで、揺れて大変でした。
長野から、さらにバスで戸隠を目指します。
宿(当時は、確かどちらかの学園のセミナーハウス貸切り)に着いた時は、本当に「思えば遠くへ来たもんだ」という感慨に打たれ、あの清涼な空気と野鳥のさえずりに、がん発病以来の生き返った気分でした。
ちなみに、宿の入口に小さな池があり、なかなか立派な水芭蕉がいくつか咲いています。「ここは尾瀬に似た気候なんや」とまた嬉しくなりました。
また宿では、希望者はお風呂貸切りの配慮もされていて、関係の方々と運営スタッフの皆様への感謝の想いが湧きました。
この時も確か50名以上の、いろんながんの患者さんが集まっておられます。東京と私ら京都は勿論、水戸、地元の長野、さらにはるばる倉敷教室からも参加されており、さながら「がん患者全国合宿」の雰囲気でまた感動です。 私は、萬田先生ご夫妻のオリエンテーションから参加し、初心に帰ることもできました。
夕方は「森林植物園」にマイクロバスで送っていただきましたが、途中いきなり雪化粧の戸隠連山が現れ、車内に感嘆の声が溢れました。
そして植物園での練功は、霧の湧く湿地にかかる木道を歩く忘れがたいコースでした。(近年は熊が出るようで、ここは使えません)
合宿の夜も忘れられませんが次回に譲ります。
私は治療の為に有休が取れずに、二日目の昼には早くも帰路につかざるをえません。
「鏡池」が絶景スポットと知り、「来年はレンタカーで必ず参加するぞ!」と誓い、また大阪への長い道をたどるのでした。
(次回に続く)
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